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宮入りでご報告

令和元年、浅草神社例大祭、無事終了しました。
奉賛会はじめ祭礼関係者、そして町会の皆々さま、ありがとうございました!

今年、西町会は一之宮の渡御でした。
宗山流のきれいどころのお練りが付いて、それは豪華な渡御となりました。


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宮神輿の迫力と臨場感を味わっていただきたく、辻屋本店のお客さまを数名、ご案内し、皆さんとても喜んでくださいました。

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締めくくりは、今年も宮入りの行列に入らせていただきました。

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そしてなんと、文扇堂の旦那と一緒にいらした中村勘九郎さんに遭遇!
ドキドキしながら、「いだてん」の勘九郎さんの下駄、うちで挿げたんです!と直接ご報告できました♪

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# by TomitaRie | 2019-05-23 15:19 | 浅草 | Comments(0)
令和元年 浅草神社例大祭
三社祭、始まりました!
金曜日は六ヶ町の連合渡御で宵宮。
若い頃と違って神輿を担ぐわけではありませんが、
今年も無事に家族でお祭りをお祝いできること、
商売を続けていられることが、しみじみありがたいです。

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# by TomitaRie | 2019-05-18 17:24 | 浅草 | Comments(0)
うちの職人がショックを受けた一本の電話
うちの職人・小林がショックを受けておりました。
ウェブでご注文いただいた商品をお送りしたお客様から「草履の裏側の革にシワが入っている」とお電話があったそうです。
よくよく聞いてみると、鼻緒を挿げる際に調整穴の部分の革をペロンとめくるため、革に付いてしまうシワのことらしい。

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そのお客様に理由を説明したところ、「おたくではメーカーから届いた草履の裏を開けるんですか!?」とびっくりされ、小林は「今や挿げ職人はここまで認知度が低いのか…」と愕然としたそうです。
最終的には納得してくださったようですが…。

底裏が合皮だとシワができないことがあります。
つまり、この部分にシワがある草履は、「職人が履き良いように鼻緒を挿げている」「底裏の素材が上質な革である」ということ。
工業製品の草履しか履いたことがないと、底裏のシワはご覧になったことがないのかもしれませんね。

辻屋本店ではメーカーから草履を仕入れる際、「鼻緒を挿げない状態」で入荷しています。
なぜならメーカーは台や鼻緒をつくりますが、「お客さまが履き良いように鼻緒を台に挿げる」という点に関しては専門ではないから。
最近は挿げ職人がいる店じたいがとても少ないので、メーカーが鼻緒を挿げて出荷するケースがほとんどのようですが、うちは「挿げないでください」とお願いしています。

これは問屋についても同じです。問屋は商品を卸すのが専門。
鼻緒挿げはあまり上手でないことが多い。
そういう訳で、辻屋本店では台と鼻緒が別々になった状態で仕入れますが、たまに鼻緒を挿げた状態で入荷した場合は、わざわざこちらで挿げ直します。

うちのような履物専門店は「鼻緒を挿げる技術」も含めての商品をご提供しています。
履き良い草履(下駄)は挿げの技術しだい。
この点をもっと広めなければと思っています。

# by TomitaRie | 2019-05-10 16:43 | 下駄・草履・和装のこと | Comments(0)
茶道のお稽古
お茶は20代の頃に10年程、地元のお教室へ通っておりましたが、たいして身に付かず、30代になると仕事が忙しくなり辞めてしまいました。
40代の頃、夫の仕事で暮らした福岡で尊敬する師に出会い再開、東京へ戻るまで3年程お稽古に通いました。

家業を継いでからしばらくは余裕がなく、ようやくここ最近、また始めたいなと考えていたところ、ちょうど友人が自分でお教室を持つことになったので、教えていただくことに。
私はお勤めの人たちよりずっと休みが少ないため、お稽古も月一回が精いっぱいで、毎回教わったことがすーっと抜けてしまう情けない生徒ですが…


昨日、連休唯一のオフ日は社中のお稽古茶会へ。
羽根木公園の小間茶室は緑の木々の中にあって大変静か。
いつもは賑やかな観光地でバタバタ動いているので、こうした非日常は大切なひとときです。

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お茶を再開したのは、仕事にも役立つと思うから。
「お茶を習い始めたので、お稽古やお茶会に草履が必要になった」というお客様も少なくなく、やはりその世界に近い方が気持ちが理解できるように感じます。
お茶会といっても格式のあるなし、大寄せだったり少人数だったり、いろんな場面があります。
女性だけでなく男性も、そのときにお召しになる着物は何かお聞きして、お履物のご相談に乗ります。


社中の皆さんと。
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暑かったので、単衣の江戸小紋。
手持ちの着物はほとんど紬なので、茶事に向く着物、
とくに単衣はあまり持っていないのです。
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はじめて草履をお求めになる方には、男性は畳表の雪駄で黒か紺の印伝もしくは正絹の鼻緒。
女性は白、クリーム色、ピンクなど淡い無地の革草履で、鼻緒は台と同素材、または帯地など織りのものををおすすめします。
今教えていただいている先生は、ご自宅で教室を開くまでの間、区の公共施設を借りてお稽古しているので、いつもキャリーバッグにお道具を詰めて持ち歩いているため、草履は底裏が滑らない素材で歩きやすいもの。
また雨の日のお茶事に備えて雨草履もご愛用くださっているようです。
どちらもうちでお求めいただいてますが、先生のようにヘビーユーザーの方こそ、鼻緒を調整したり踵を交換するなどメンテナンスができる「本物の草履」を履いていただきたいと思います。

# by TomitaRie | 2019-05-04 17:01 | 下駄・草履・和装のこと | Comments(0)
新時代を迎えるいま、SDGsについて考える
一昨日のブログでも書きましたが、平成は多様化の時代と言われる一方で、
世界的にグローバル化が進み、貧富の差が問題になっています
環境破壊はもはや危機的状況です。

そんな中で叫ばれているのが「持続可能な開発目標(SDGs)」。
2015年9月の国連サミットで採択された、2030年までの国際目標です。
持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成され、
地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)ことを誓っています。

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SDGsは発展途上国のみならず、先進国自身が取り組むユニバーサル(普遍的)な
ものです。
「発展途上国支援や環境保護のボランティアの話でしょ」と考えている人が
多いのですが、実はあなたや私も「奪われている」当事者なのだということ。

たとえば浅草。
ふと見回すと何代も続いていたお店が廃業し、後にはコンビニやチェーンの
ドラッグストアが入る。そんな光景があっちでもこっちでも見られます。
レトロな雰囲気とおいしいケーキでファンの多かった「アンジェラス」や、
昔ながらの手焼きの固いお煎餅が特徴の「入山せんべい」も閉店してしまいました。
家族経営の個人店がどんどんなくなり、居酒屋も回転寿司も全国チェーンの店ばかりに
なってゆく…。

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浅草は個性的でおもしろい店がいろいろあって、それが目的で遠くからお客様も
やってくるし、テレビや雑誌でも取材されています。
なのに、この街はいま逆方向へ進んでいて、私はすごく危機感を持っているのです。

日本は中小零細企業が頑張っているとはいいますが、今の税制などからわかるように、
大企業や全国企業を優遇する方向なのは明らかです。
では本当に、日本中が全国企業/多国籍企業になり、日本人がみんなそこで雇われる
ようになったほうが幸せなのでしょうか。

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街から多様性が消えること、それはSDGsが目指す世界とは逆です。
世界中から人々が訪れる浅草こそ、そうなってはいけないと思うのです。
個人経営の店では商品も少し高くなるかもしれない。
注文しても時間がかかるかもしれない。
働く人たちにとって、労働環境は大企業より劣るかもしれない。
それでもチェーン店にない魅力があって、「好きだから」来てもらえるお店があり、
そんなお店を営むことを楽しんでいるオーナーがいる。
私は浅草がこれから先も多様性の街であって欲しいと願ってやみません。

辻屋本店では、職人が目の前で鼻緒を挿げてお客様に履いていただく商売を創業から
変わらず続けています。
大企業がつくる大量生産品とは正反対で、扱っている商品は、台も鼻緒も国内で
つくられ、すべて職人の手仕事です。
これからも私たちは、使い捨てではなく、メンテナンスや修理しながら長く使って
いただける履物を皆さんにお届けしたいですし、私たちの商売もSDGsに
つながるのではないかと考えております。

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# by TomitaRie | 2019-04-29 13:24 | Comments(0)
奈々福さん、おめでとう!
浪曲師、玉川奈々福さんが伊丹十三賞を受賞され、その贈呈式へお祝いにうかがいました。
伊丹十三賞とは…
受賞対象:伊丹十三が才能を発揮した分野において、優秀な実績をあげた人に贈る(エッセイ、ノンフィクション、翻訳、編集、料理、映画、テレビ番組、CM、俳優、イラストレーション、デザインなど)
選考委員:周防正行 中村好文 平松洋子 南伸坊

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ご一緒したのは浅草のお団子屋さん「よ兵衛」のおかみさん。
以前、辻屋本店主催「あさくさ和装塾」で浅草のおかみさんの着こなしをテーマにお話していただいたこともある、お洒落のセンス抜群のかた!

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今や各メディアにも引っ張りだこの奈々福さん。
これまでの地道な活動が認められて、ついにこんな名誉な賞まで!
お三味線のレジェンド、沢村豊子師匠もとっても嬉しそうでした。
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奈々福さんのお召し物は、浅草の呉服店「ほてい屋」でお誂えされたもの。
お草履は辻屋本店。晴れの舞台に履いていただき感激です♪

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豊子師匠の履いていらっしゃるお草履も辻屋本店です。
先日、お弟子さんの美舟ちゃんがプレゼントにお買い求めくださったもの。
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会場に駆け付けた奈々福応援団の皆さんともご一緒できて、嬉しいひとときを過ごさせていただきました。
奈々福さん、本当によかった!

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主催者の宮本信子さん、当たり前ですけど美しくて、気さくに撮影にも応じてくださって感動いたしました!

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# by TomitaRie | 2019-04-27 13:37 | 伝統芸能 | Comments(0)
浅草は多様性の街
新元号・令和に切り替わるまで、10日を切りました。
次の御代への期待や希望、不安が入り交じりながら、
世の中はさらに大きく変わろうとしているのを感じます。

平成は多様性が進んだ時代といわれます。
人種や宗教、ジェンダーなどさまざまな領域で、昭和までの価値観が揺らぎ、
それまでの秩序が変化していく過程だったのでしょうか。

東京オリンピックを来年に控え、日本にはおそらく有史以来の大勢の外国人が訪れています。
有名観光地、浅草も例外でなく、日々世界中からあらゆる人種のお客様がやって来ます。
辻屋本店は飲食店などに比べれば、さほど多くはありませんが、
それでも遠い国からのお客様が毎日のようにみえます。
こんな状況を見て、ご先祖様はあの世でさぞびっくりしているんだろうなぁ。

でも浅草という街はずっと昔から、異質なものを排除せず受け入れる街だったのではないかという気がします。
江戸時代から近代まで娯楽の中心だった浅草には、遊びに来る人々だけでなく、
地方から働きに来たり、どこかから流れてついたり、身分も職業も言葉も違う人々が
常に出たり入ったりしている土地なのではないかしら。

古いものも新しいものもいっしょくたになって、混沌とした、なんでもありの、懐の深い街。
そこがこの街の魅力なんだと思うし、個性のない、きれいでおしゃれなだけの街には
なって欲しくない。

昨日、浅草・木馬館で「一見劇団」の舞台に、
仲良くさせていただいている舞踊家、宗山流胡蝶さんがゲスト出演されたので、
久々に大衆演劇を観てきました。
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お世辞にも洗練されているとはいえない、でもエネルギーがあふれていて、
観客と役者の距離がものすごく近い。
小さなステージで、ギラギラした照明、歌謡曲や演歌に合わせて振りをする、
どぎついメイクと衣裳の役者たち。

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昼の部と夜の部、それぞれ3時間以上、お芝居あり舞踊ショーあり。
それで木戸銭は1600円!
難しい台詞もないし、専門知識がなくても楽しめるし、裕福でないお年寄りでも
年金をやりくりして観に行ける。
まさに大衆のための芸能。

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踊っていた役者が舞台の端で体をかがませると、客席からファンがさっと駆け寄り、
一万円札を数枚扇状に開いた状態で役者の胸元にクリップで留める。
そんな情景が何度も繰り返される。
初めて観たときはかなりの衝撃でした。

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我が国には、古今東西のさまざまな芸能があります。
一方でお能のような無駄をそぎ落とした芸能もあれば、一方で大衆演劇のような猥雑な芸能もある。
どちらが偉いとか、価値があるとかではなく、両方あるからよいのです。


胡蝶さんは実力も芸歴もあり、大きな舞台もたくさんこなす日本舞踊家ですが、
昨日の小さな舞台の上で、とても楽しそうに演じていらっしゃいました。

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もともとは上野と浅草の間にある由緒あるお寺に長男として生まれた人。
「あーこの人は、お寺を継がないでもお経をあげないでも、
こうやってみんなを幸せな心持ちにすることができるんだなぁ」と思いました。
さらにジェンダーも自分にとって自然な状態に替えてしまった、
ある意味、多様性の時代に象徴的な人なのかもしれないです。

さてこの日の私は、補助席になっても大丈夫なようにデニム着物で。
帯はだいぶ前に祖母の箪笥で見つけていらい出番がなかったもの。
ふと取り出して締めてみたら、レトロで意外とかわいい。
木綿やデニムの時は小物で遊びます。
ウッドビーズ作家のユミさんの半衿と、薄紫の矢絣の足袋に右近下駄。
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# by TomitaRie | 2019-04-22 16:36 | 浅草 | Comments(0)
着物で「見立て」の楽しみ!?
時々、着物好きの仲間で集まるお遊びの会。
参加者は毎回テーマに沿ってのコーディネートを考えて臨みます。


今回のお題は…
テーマ:人生を変えた 私の好きな映画と名優たち
ドレスコード:あの名画のヒーロー ヒロインになりきって、お花見に華を添える 春の装い

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皆さんが選んだのは日本映画だけではありません。

この方は「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リー。

グリーン系の着物と帯、趣味で作っている帽子からアンティークをお持ちになり、
レースの肩掛けをはおって。

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西部劇好きなこの方は「夕陽のガンマン」クリント・イーストウッド!

荒野をイメージした茶系の着物。
サボテンの帯留めはアンティークモールで探してきたそうです。

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こちらは「理由なき反抗」のジェームズ・ディーン!

この方はアパレル系の会社を経営されていて、ジェームス・ディーンといえばデニム着物。
ヘアスタイルもリーゼントっぽくしてきたとか!

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茶の湯でいえば「見立て」でしょうか。
アイディアと工夫で装いを楽しむ、着物好きの皆さんそれぞれお見事でした!


私のテーマはマルセル・カルネ監督「天井桟敷の人々」。
役どころは、アルレッティ演じるガランスに恋するジャン=ルイ・バローのバチスト。
フランスがナチス・ドイツの占領下に置かれた時期に製作され、反戦の願いも込められたことから、
白大島に型染めの帯でトリコロールカラーを表しました!

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足元はすっきりと、紅一文字の鼻緒。
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低めの段重ねです。
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「春の装い」はどうしようかと悩み、白大島に合わせても邪魔にならない桜の刺繍の半襟をつけました。
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「天井桟敷の人々」は映画そのものというより、浅草・千束にあった「ガランス」というカフェへのオマージュ。
中学生の頃から度々遊びに行っては、名物のチーズケーキをいただき、
お店の猫たちと遊びながらマダムの話を聞くのが大好きでした。
「ガランス」のマダムは、フランス映画とオペラをこよなく愛していて、
世界的にも有名なマエストロが演奏会で来日すると必ず会いに行き、よくお手紙を書いていました。
それほどフランス語が堪能なのに、フランスに一度も行ったことがないと言ってました。
若い頃、唐十郎の状況劇場と交流があったらしく、当時のアングラ演劇の話をよく聞いたものです。
画家の金子國義、人形作家の四谷シモン、作家の澁澤龍彦、舞踏家の麿赤兒など、
当時のキラキラした交友関係の物語に、私はいつも心ときめかせておりました。

金子國義先生の個展をお手伝いさせていただいたこともあります。
先生のお姉さまはいつも、ものすごく素敵な着物姿でした。
その頃より多少人生経験も積んだ今だったら、マダムの話はもっともっと面白かっただろうにと思います。



# by TomitaRie | 2019-03-29 14:53 | 下駄・草履・和装のこと | Comments(0)
「美しいぼろ布展~都築響一が見たBORO~」
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津軽のこぎん刺しや南部の菱刺しは、昭和初期の民芸運動をきっかけに一躍脚光を浴びました。
今でも人気があり、全国に作家も多く趣味で作る人々もたくさんいます。
辻屋本店でも、こぎん刺しの夏次郎商店をフィーチャーしています。

この展示はそういった陽の当たる民芸ではなく、農民の日常の中で使われてきた「ぼろ」を、生涯かけて集めてきた田中忠三郎さんのコレクションです。
‘貧しい東北を象徴するもの’として、恥ずかしさとともに忘れ去られようとしていた「ぼろ」。

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寒冷地のため綿花の栽培ができず、農民の日常的な衣服は麻を栽培して織った麻布でした。
江戸時代、農民が木綿を身に着けることは禁止されていました。
当然、麻布で寒さを防ぐには、何枚も重ねなければならず、傷んで穴が開いてもつくろい、布と布の間に麻屑を入れて温かくする。

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木綿の古着が手に入ると、古裂をみんなで分け合ってつぎ足す。
そうして一枚の服や、布団を何十年も、何代にもわたって使わなければならないほど、貧しい時代が続いたのでした。

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<ドンジャ>
着物の形をした掛布団。麻布を土台に古手木綿をつぎ足し、少しでも厚く温かくするために麻の屑を詰めて麻糸で刺し止めてある。南部地方で大正時代まで使用していた。


必要にせまられてつくられたこれら「ぼろ」が、結果的に美しいものとなり、現代のブランドやデザイナーがファッションに取り入れるようになっています。
「そっくり復刻して、フランス語かイタリア語のタグと高い値段をつければ、そのままハイファッションになるにちがいない。完璧な完成度。それが民芸や現代のキルト、パッチワーク作家のように、きれいなものを作りたくて作ったのではなくて、そのときあるものをなんでもいいから重ねていって、少しでも温かく、丈夫にしたいという切実な欲求だけから生まれた、その純度。」(小出由紀子、都築響一 『BORO つぎ、はぎ、いかす。青森のぼろ布文化』より)

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これは女性の下着。

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おむつです。


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ボドコ>
古布を幾重も縫い合わせて、床に敷いて使った。出産の際はこの上で産んだそう。先祖が使ってきた布たちに守られて赤ちゃんが生まれた。



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<ケラ>
雨具であり防寒具。雨の日や吹雪の日は欠かせない、現代のレインコート。藁、木の皮、海藻でつくられる。新婚の男女が親族に挨拶に伺う際に使うのが、背の部分に美しい模様をつけた伊達ゲラ。


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<鮭の皮のブーツ>
ヒレが滑り止めになっている!


浅草の二天門からすぐ「アミューズミュージアム」で今月いっぱい。老朽化のため閉館となるので、あと1週間です。
同館クローズ後は、このコレクションは海外を巡回することが決まっているそうです。
日本では、アカデミックな美術館はまったく見向きもしなかったコレクション。
これは是非見ておくことを強くおすすめします!


# by TomitaRie | 2019-03-24 17:49 | 浅草 | Comments(0)
「浅草寺本尊示現会」
「浅草寺本尊示現会」は、浅草寺のご本尊である観音さまがお姿をあらわされたことを祝う行事。
まさに、浅草の誕生日ともいえる大切な日です。
今年は「堂上げ」が日曜日にあたったので[浅草の誕生日を祝う]と題し、
久しぶりに「あさくさ和装塾vol.46」を開催しました。

まずは希望者数名を浅草散策にご案内。
『浅草でそろう江戸着物』でご紹介している和装まわりの小物などお買い物。
たった1時間でしたが口々に「時間があったらもっと散財しちゃった~」と満足そう。

そして、辻屋本店2階はきものギャラリーにて三社祭と示現会のお話をさせていただきました。
(内容はいちばん最後にUPしておきます)

あたりが暗くなった頃、いよいよ示現会を見物に、浅草神社へ。
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宮神輿三基が登場したところで、浅草寺本堂前へ移動。
どんどん寒くなってきて待っているのは大変でしたが、三社祭の日とは違う静謐で厳かな祭事に、
参加者の皆さんも感動されていたようです。

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お腹ぺこぺこで懇親会は西浅草の「龍圓」さん。
フレンチのような創作中華に舌鼓を打ちました。

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この日の装い。
夜は冷えるので、萌葱色の結城紬(?)。祖母の遺した一枚です。
帯は型染めで桜と蝶々が描いてある名古屋帯。

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足元はコルク表の舟形下駄で、真田紐の鼻緒を合わせてあります。
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以下、講座でお配りした資料です。

【昔の祭礼(観音祭・船祭)】

江戸時代までは「観音祭」または「浅草祭」と呼ばれ、「三社祭」と一体の行事として、丑、卯、巳、未、酉、亥の1年おきに、3月17日、18日に執り行われていました。
当時は今のように本社神輿をかつぎ廻ることよりも、むしろ氏子十八ヶ町、蔵前筋や浅草橋にまでおよぶ周辺の町から繰り出された山車が中心で、各町それぞれの趣向で行列の勢いと絢爛さを競い合ったようです。
祭礼当日の早朝、山車を中心とする祭礼行列は浅草見附の御門外に集合、御蔵前から仲見世、そして境内に入り、観音堂に安置された神輿の前に参詣し、随身門(二天門)を出て自分の町へ帰ります。
その後、「お堂下げ」といって神輿三体を観音堂からおろし、一之宮を先頭に浅草御門の乗船場まで担ぎます。そこに待機していた大森在住の漁師の供奉する船に神輿をのせ、浅草川(隅田川)を漕ぎあがって駒形から上陸し、浅草神社にかつぎ帰ったと云われています。
この船祭は江戸末期まで続きました。
明治維新以降は神仏分離令によって「三社祭」は5月に行われることになり、現在の氏子各町が神輿の渡御を行うようになりました。
三社祭は全国的に有名となりましたが、「浅草寺本尊示現会」の本来の意味が見失われがちになったことから、平成12年「古式三社祭舟渡御」の一部として再現、以来3月17、  18日に「堂上げ」「堂下げ」の行事が斎行されるようになりました。
平成24年には、三社祭斎行七百年を記念し、約半世紀振りに隅田川上において「舟渡御」が行われました。



【浅草神社宮司姓「土師(はじ)」姓への改姓】

土師家は「三社権現社(現在の浅草神社)」の社僧(神社に仕える僧侶)として仕えてきましたが、明治元年に発令された神仏分離令にて社名は「三社明神社」に改められ、土師家は浅草神社の宮司となり、神職として奉仕するようになりました。
その後、事情により土師の名跡を継がず矢野に姓を改め今日に至っていますが、昨年、現宮司が神社総代、氏子代表の要望を受け、土師姓への改姓を決意されました。
土師家の先祖は「野見宿禰(のみのすくね)」です。
「當麻蹶速(たいまのけはや)」との相撲での勝負に勝ち、相撲の神様として祀られています。
その野見宿禰は、時の皇后薨去(こうきょ)の際にそれまで慣習となっていた殉死を取り止め、代わりに「埴輪」を作り供えることに改めました。その功績により「土師」姓を与えられ、皇室の葬喪儀礼に携わる役に就きます。
そしてこの埴輪による儀礼を広めるべく、その子孫が日本各地に散らばり、その内の一人が浅草の地に住み着いたと考えられています。
浅草には良質な粘土が採れた事から今戸焼きが発祥していますし、皇室の葬儀を仕切った一族だからこそ、仏教伝来わずか百年足らずの当時は僻地であった浅草においても、聖観世音菩薩の尊像を伺い知ることができたのでしょう。
野見宿禰の子孫には菅原道真公も輩出され、太宰府天満宮には野見宿禰の碑が建立されており、また大阪府藤井寺市の道明寺天満宮境内には土師氏の祖先を氏神とする「土師社(はじしゃ)」が祀られています。

<参考資料:浅草観光連盟公式HP,浅草神社公式HP>



# by TomitaRie | 2019-03-18 16:10 | 浅草 | Comments(0)