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雑誌『クロワッサン』に掲載していただきました

『クロワッサン』No.1002(マガジンハウス)の人気連載「着物の時間」に
恥ずかしながら掲載されました。


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こちらのページにオファーをいただいた時は「私でいいんですか!?」とびっくり。
素敵な文章を書いてくださったのは西端真矢さん。
一流のプロのヘアメイク、着付け、そして撮影。
ひととき夢のような女優気分を味わいました💕


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このページは本物の女優さんが登場することもあるし、私のようなふつうの人も出るのですが、
ヘアメイクさんが「誰であっても同じクオリティにするのが私たちの仕事なんです」
とおっしゃったのが印象的でした。



撮影は6月初旬。発売が7月末なので盛夏の装いということ。
せっかく有名雑誌に載るんだから、絽とか紗?
麻の方が涼し気に見えるかな…?
悩みましたが、下町の履物屋らしく藍染めの浴衣に決定。


昨年仕立てた「竺仙」の長板中形。
友人の和裁士さんに「竺仙」の展示会へ連れて行っていただいた際に、
まさにこの反物を染めた若手の職人さんが会場にいらして、
今では希少な技法と聞き、うちの仕事と同じだなーと。
浴衣の中では高級なので、単衣の着物のつもりで着よう、と思い切って購入した一枚です。


帯は、博多献上の八寸名古屋帯。
浅草・新仲見世の「帯源」でおかみさんに選んでいただきました。
最初、「この浴衣に合わせたい」と携帯の写真を見せたら、
「写真じゃわからない」と言われ、実物を持って行ったのです。

全身が映る鏡の前で浴衣と帯を次々に合わせ、
私にしてはめずらしく悩みました(いつも決断早いので)。
この小紋柄は着ると意外と白の部分が目立つから、五献ではなく三献が似合う、という
おかみさんのアドバイスで選んだのがこの一本。

これなら三社祭の町会のおそろいでもいいな。



履物は、写真ではよく見えませんが胡麻竹の舟形下駄で、
小千谷縮の鼻緒を挿げています。


文中の小さな写真には、表付き舟形下駄(博多献上の鼻緒)と、
南蛮鉄を箔加工したエナメル草履を紹介させていただきました。
鉄箔の技術は今はもう残っていないそうで、
日本で有数の高い技術を持つメーカー「山菱」のもの。
山菱さんは先々代からお付き合いがあり、
先日ご挨拶に行った際に「せっかく来てくれたから、最後の一点を」と
社長が出してくれたもの。

昭和40~50年代はこうした美術品のような草履がたくさん作られていて、
うちでもずいぶん売れたのです。


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まさか、自分が出ることになるとは思わなかったページ。
本当にすばらしい経験ができました。

一生の宝物です!

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by TomitaRie | 2019-07-27 17:24 | 下駄・草履・和装のこと | Comments(0)
ブログ、15年続いてるんだなぁ~!
昨日、涼し気に夏着物をお召しになったお客さまが「サインいただけますか!?」と
拙著『浅草でそろう江戸着物』を差し出され、さらに「ブログ読んでます。2014年くらいまでは遡って読みました」
とおっしゃり、こちらはびっくりするやら、恥ずかしいやら。

最近は日々のできごとをフェイスブックのタイムラインに投稿することが多いので、
こちらを更新するのが遅くなりがちなのですが、
ブログを読んでくださっている皆さまには、あらためて感謝申し上げます♪

いつからスタートしたのかと思ったら、2004年4月でした。
ぼちぼちながら15年続けているんだなぁ…(遠い目)

当時は、3年間暮らした新潟から戻り、横浜の元町からほど近い貸家に住んでいました。
まだ母も元気で、両親は新仲見世通りにあった支店で働いており、
私は辻屋本店のホームページ「下駄屋JP」を立ち上げて、
ウェブショップにUPする商品の写真撮影のために、横浜から京浜急行で浅草に通っていたのでした。

東京下町で生まれ育った私にとって横浜は憧れだったから、
ヨコハマ暮らしが毎日楽しくて、ブログには山下公園や中華街を散歩したり、
根岸の米軍基地の開放日に行ったとか、週末に葉山まで足を延ばしたとか、
そんな日々を綴っていました。

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夫がエフエム横浜で仕事していたので、ディレクターに仲介してもらい、
小山薫堂さんに和装人インタビューしたのもこの頃。
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その後、本牧近くに引越し、このまま横浜にずっと住むつもりでいたところ、
夫が福岡のラジオ局に赴任することとなって私も付いて行き、
だんだん博多弁も耳に慣れてきたなーと思った頃、浅草に戻り辻屋本店の社長を引き継ぐこととなったわけです。

文章にすると数行ですが、私にとっては激動の15年。
履物屋の商いは子どもの頃から見ていましたが、自分が引っ張っていく立場になってからは、
まさに無我夢中の毎日です。

まだまだ未熟者の社長ですが、職人たち、父と妹に支えられ、
なにより応援してくださるお客さまに恵まれ、とにかくもう、ありがたいのひと言です。

昨日のお客さまのお陰で、これまでの15年をちょっと振り返ってみました。
そして、もう少しブログ更新を早めます(笑)

by TomitaRie | 2019-07-23 16:18 | 下駄・草履・和装のこと | Comments(0)